2010年4月9日金曜日

 『ぞくぞく夢物語』

 1991年10月27日に私は或る所で招待状を直接もらったことを覚えている。和紙に毛筆で、丁寧に書かれていた。差出人の住所は、今は無い。岩手県の村おこし「大ヶ生金山の里縄文祭り」会場で、打ち上げの酒盛を終え、酔っ払って、「帰りのマイクロが出るよ」と起された時に誰かがポケットに入れたものだった。

 ——(前略)終日居られた貴殿には察していただいていると存じますが、来年にこの村は無くなります。しかし、2010年10月晦日、私たち大ヶ生集落は盛岡市から独立して国を作ります。その建国記念日のこの場所で行われる式典に貴殿を招待いたします——

 「独立」と書いてあったが、これも地域おこしの決り文句だろう、と思いつつ、ひと昔前の美酒を思い出し、いつも気になっていた。零細企業サラリーマンを終え、今年定年になった無職の年金暮らし、子供は何処かに旅立ち、身体の弱い老妻との二人暮らしの身である。自宅はない。暇はある。私の居住する盛岡市から約二十キロ。地理も分っているが、以後20年余り、用事もなく一度も足をむけたことはなかった。

 当日、自家用車で向った。乙部地域を過ぎて大ヶ生に向かう道に入った。
 お祭り会場よろしく旗、いや筵旗(むしろばた)が建ち、奥州市の黒石寺で見る蘇民祭のゴザで囲った小屋があり、その前には、芝居じみて藁で作った衣裳を着た受付け、いや門番らしき数人が居り、車を降りろ、という仕草をする。筵旗には小さい○印のみが書かれている。お祭りらしき雰囲気は無いが咎(とがめ)ている気配もない。不信な思いで私は車を降りた。

 促されて小屋に入ると、驚いた。仏像が二体置かれている。これは?と思っていると、「左が脱衣婆(だつえば)、右が懸衣翁(けんねおう)。今度は服を脱いで下さい。持っている携帯も財布も家と車の鍵も、名刺、今はお持ちじゃないでしょうが、過去のものを後生大事に持っている人が居るんですよ、みんな出して、代りにこれを着て」と天秤で脱衣籠を量っていた老人が門番と同じ衣装を出す。これも一興(いっきょう)か、私は指示に従った。
 「合格。これであなたは入国することができます」と老人が奥から現れていう。二十年前に会い、ポケットに招待状をねじ込んだ昔の中年男、今は老人だった。
 「これであなたは昔の国籍と身分、お金、服、家から解放されたんです。中には痩せていても量はかりの目盛がちぎれる人が居るもんでね。お手数をおかけしました。出国する時には全部お返ししますよ」既に運を天にまかせている心境だった。耕耘機(こううんき)の荷台に乗せられた。
60を過ぎた先客の男女が居た。もう酒を飲んでいる。こうなったらやらぬ手は無い。
                                               =つづく=

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